HISTORY

藤高タオルの歴史

藤高タオルは創業100年、今治で最も
歴史の長いタオルメーカーです。
その歴史は、
苦難と闘い、国産技術にこだわり続けた歴史です。

Since1919.
創業者、
藤高豊作の挑戦。

藤高タオルは2019年で創業100周年。今治に現存するタオルメーカーで
最も歴史の長い老舗です。始まりは大正8(1919)年。明治に始まった今治タオルが
ようやく軌道に乗り始めた頃、初代社長である藤高豊作(ふじたかとよさく)が
創業しました。豊作は明治18年生まれ。親の反対を押し切って大学進学し、
当時珍しかったサイダーの販売まで始めたというチャレンジ精神あふれる起業家でした。
そんな豊作の「タオルに生涯をかける!」という強い決意と工場建設への挑戦から、
藤高は他に例を見ないほどの短期間で今治特産のタオルの代表的製造元に
数えられるまでに成長します。また、成功の影には豊作の妻ツル枝(つるえ)の力も
ありました。豊作の幼馴染だったツル枝は4人の子供を育てながらも
従業員の夜食を作るなど豊作を支えました。戦前の藤高の看板ブランド
「世界鶴」の名は、ツル枝の名から名づけられたものです。

終戦後、今治とともに
ゼロからの再出発。

昭和に入った今治タオルは70社超の一大産業となりますが、
第二次世界大戦で大きな危機に陥ります。戦時中の企業整備で三分の一に減少。
さらに昭和20年の今治大空襲では市内の8割が焼け、藤高タオル工場も
全焼しました。そんな藤高をゼロから立て直したのもまた創業者の
藤高豊作だったのです。60歳からの再出発でした。藤高は戦後復興期から
高度成長期に「技術の藤高」として製造技術力を高めつつ、今治初の
タオルケット製造などに次々チャレンジ。そして豊作は「今治の発展なくして
藤高の発展はない」という信念から、今治を中心とした「タオル組合」の発展にも
尽力しました。昭和41年には「瀬戸大橋を一日も早く」という趣旨で
県に1000万円を寄付しています。現在の価値でいえば数千万円ともいう寄付は、
「今治の発展に役立ちたい」という強い思いからでした。

平成、国産の誇り。
今治タオル復活へ。

豊作の死後は息子たちが受け継いだ藤高タオルを、平成の幕開けとともに
引き継いだのが豊作の孫の豊文(とよふみ)でした。当時のタオル産業は、
バブル崩壊による贈答需要の減少と輸入タオル増加から窮地に陥っていました。
国内のタオル工場の中にもコストダウンのために海外生産に踏み切る会社が
次々現れました。しかし豊文はアジア各国の現場を視察し、「国産、それも
今治でなければ、自分の思うタオルは作れない」という結論に達します。
あくまで国内での製造と自社の技術にこだわったのです。そして四国タオル
工業組合の理事長に就任した2006年から組合の中心メンバーとして豊文が
取り組んだのが今治復活の「今治タオルブランディングプロジェクト」でした。
「今治タオルの良さを伝えなければならない」という思いを持つ今治市や
商工会議所の関係者など内外の力を結集。今治タオル再生に成功したのです。
そして藤高は新たな100年へ。今治の地でこれからも上質なタオルを作り続けます。